毎年恒例の梅ジュース作りはとうの昔に終わり。
我が家の夏のドリンク在庫もいよいよ心細くなってきた、ある日のこと。
何か体に優しくて、きゅんと元気の出る魔法のような飲み物を作れないものか。
そんなことをぼんやりと考えていたら、ネットの海から「しそジュース」の記事がふわりと僕の元へ流れてきた。
あぁ、そうか。
今はしそジュースの季節なんだ。
しそジュースと聞いて、僕の脳裏にはある一人の「名人」の姿が浮かぶ。
毎年、言葉にできないほど美味しいしそジュースを、手作りの温もりとともに届けてくださる方がいたのだ。
それをゴクリと飲み干せば、どこまでも爽やかな風が吹き抜け、生き返るような元気が体中に行き渡る。
まさに魔法のドリンクだった。
けれど、その方が免許を返納され、お目にかかる機会も自然と少なくなってしまった。
あの魔法の味は、もう僕の思い出の中にしかない。
だけど、ここで記事に出会ったのも何かの縁だ。

僕も自分なりのしそジュースを作ってみようかな。
なんて、ガラにもなく少しだけ胸を躍らせていた。
そんな僕の心の声を見透かしたかのように、立ち寄ったスーパーで赤じそが大量に販売されているのを見つけてしまった。
運命のタイミングというのは、いつもこうして突然やってくる。

今年はしそジュースを作ってみようかなって考えてるんだよね。
だけど、本当にできるかどうか不安でさ…。
カゴを前にしてウジウジと悩む僕の背中を、隣にいた母が

作ってみればいいやん。
と、実にあっけらかんとした調子で叩いた。
そして、迷う間もなく赤じそをカゴへと放り込む。
できるかどうか自信がなくて、ずっと足踏みをしていたはずなのに、一気に本番のステージへ立たされることになった。
今思えば、なかなか決心がつかなかった僕の背中を引っ叩いてくれる、最高のチャンスだったのかもしれない。

買ってきた赤じそは、ありがたいことに葉っぱだけの状態で売られていたので、下処理はとても楽だった。
重さを測ってみると、200gちょい。

ふむふむ、とネットのレシピを読んでいると「青じそを少し入れた方が風味がよくなる」と書いてある。
なるほど、と思って生の葉っぱの匂いをかいでみたら、その意味が痛いほどよく分かった。
青じそは、驚くほど香りが強いのだ。
自然のエネルギーがツンと鼻をくすぐる。

まずはしその葉を洗う作業からだ。
ボウルいっぱいのしそは、想像以上のボリュームで圧倒される。
しかし、ここで僕は重大な事実に気づいてしまった。
レシピには「しそは正味300g」と書かれているのだ。
「正味」ってなんだ…?
丸ごとの重さ?
それとも引いた重さ?
哲学的な問いが頭をよぎるが、どっちにしても手元には200gちょいしかない。
足りない。
圧倒的に足りないのだ。

薄くなるんじゃないか。
大丈夫かな…?
最初からトラブル発生である。
心細さと不安が波のように押し寄せるけれど、もう引き返せない。
水2リットルを豪快に沸かし、そこへしその葉をどっさりとお湯に入れていく。

ふわあぁっ…。
その瞬間、熱い湯気とともに、青くてどこか懐かしいしその香りがキッチンいっぱいに広がった。
不安でちぢこまっていた胸の奥が、すうっと洗われていくような感覚。
あとはじっくりと、しその命を煮出していく。
しっかり煮出したら、しその葉をお湯から引き上げる時間だ。
ここからが本当の勝負だった。
引き上げた葉をギュッと絞って、旨味が詰まった絞り汁を追加するのだが…これが死ぬほど熱い。
熱い、めちゃくちゃ熱い!
手が悲鳴を上げている。
けれど、僕の手元にはただでさえ分量が足りないしそしかないのだ。
この一滴の中に、しそたちの魂が詰まっている。
薄くなるかもしれない不安をはねのけるように

この一滴を無駄にはできないぞ…!
と心の中で叫びながら、必死で熱さと格闘し、最後の一滴まで絞り出した。

濃い煮汁ができた。
ちょっと安心した。
そこに砂糖を投入するのだが。
あまり出番のない三温糖があった。
なので今回は三温糖を使うことにした。

最初は500g入れたのだが

濃かったら薄めればいいや。
と思って、1kg全部ぶち込んだ。
そしてお砂糖が溶けるまで煮て。
最後の仕上げ、レシピにはクエン酸を加えると書いてある。
クエン酸を入れることで、地味な煮汁がパッと鮮やかなルビー色に変わるらしい。
レシピには「クエン酸、りんご酢でもOK、レモン汁でも可」と優しく書かれていたが、あいにく我が家にはそのどれもが無い。
あるのは、ごく普通の「穀物酢」。
よし、これでいこう。
200mlをドボドボと注ぎ込む。
そして、ついに僕の初めてのしそジュースが出来上がった。

ゴクリと喉を鳴らし、出来立てのそれを初めて口に含んだ瞬間。

え、おいしいじゃん!
思わず声が出た。
それは、あの名人が作ってくれた「魔法のしそジュース」の味とは、確かに違っていた。
あんなに完璧で、万人を黙らせるような洗練さはないかもしれない。
けれど、穀物酢のきいた、ガツンとさっぱりとした尖った爽やかさが、僕の喉をまっすぐに駆け抜けていったのだ。
不器用で分量も足りなくて、ジタバタしながら作った僕だけの味が、そこにはあった。
なんとか、形になった。
完璧な正解じゃないかもしれない。
だけど、ここから少しずつレシピを磨いて、自分なりの「しっくんのしそジュース」に育てていけばいいんだ。
これからの夏に、新しい楽しみがひとつ増えた。


