おひとり様デビューを、してみようかと思っている。
思い返せば、僕は「おひとり様」というものをほとんどしたことがない。
いや、よくよく考えたら「おふたり様」みたいなリア充っぽいイベントだって、僕の人生には大して転がっていなかった気もするけれど、そこは触れないでおこう。
今回、僕が挑もうとしているステージは「映画館」だ。
障害者になってから、数年が経つ。
映画のチケットが少し安く買えるようになったという知識だけは、頭の片隅にあった。
けれど、実際にその制度を使ったことは一度もない。
どころか、ここ何年も映画館のあの重厚な扉をくぐっていないのだ。
正直に言おう。
今の映画館のシステムが、まったくわからない。
チケットはどうやって発券するのか?
券売機の前でオドオドしていたら、後ろから冷ややかな視線を送られるのではないか?
いや、そこはネットで買いたい。
席も決められるみたいだし。
無事に発券できたとして、あの魅惑のポップコーンやドリンクをひとりで買い、両手で抱えながら自分の座席までたどり着けるのか?
そもそも発券は必要なのか?
スマホの画面でいけるのか?
楽しみなんていう優雅な感情は、まだどこにもない。
あるのは「ちゃんとたどり着けるのか」「ひとりで楽しめるのか」という、圧倒的なドキドキと不安だけだ。
そんな折、あの『ちいかわ』が映画化された。
僕は原作をリアルタイムで追いかけていたから、物語の展開も、あの切ない結末も、すべて知っている。
だから最初は「わざわざ映画館まで足を運ぶ必要もないか」なんて、物知り顔でスルーするつもりだったのだ。
けれど、先に観に行った友人が「感想を語り合いたい!」と熱いメッセージをくれた。
しかも話を聞くと、その友人たちは日常的に「ひとり映画」を楽しんでいるらしい。
…あ、これだ。
これは、神様が僕にくれた「おひとり様映画デビュー」の絶好のチャンスなんじゃないか?
ストーリーを知っているからこそ、万が一システムに翻弄されて心が折れそうになっても、話を追いかける余裕はあるかもしれない。
何より、映画を観終わった後に「観てきたよ!」と語り合える相手がいる。
未知のダンジョンに突入する怖さはあるけれど、僕の背中をそっと押してくれる理由としては、これで十分すぎるほどだった。
システムが分からなくたっていいじゃないか。
発券機の前でちょっと挙動不審になったって、ポップコーンを買い落としそうになって片足で受け止めようとしたって(嘘です、落としません)、それも全部、僕の大冒険のワンシーンだ。
泥臭くたって、スマートじゃなくたって、自分が新しい世界へ一歩を踏み出す瞬間の胸の高鳴りだけは、間違いなく本物だから。
この夏。
僕は小さなドキドキをポケットに詰め込んで、おひとり様映画デビューを果たしてこようと思う。
友人と、最高の感想を語り合うために。


