さて、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観てきて。
エンディングの『机さする』はちいかわ目線の歌で、もしかしたら今とは違う形になっちゃった未来を歌っているのかもという考察をした。
オープニング曲の『くつずれ』はハチワレ目線の歌だと思う。
ハチワレはよく歌を歌っている。
日常ではそういうシーンがよくあり、オリジナルの歌も歌ってる。
『ひとりごつ』なんかもあるよね。
オープニングでハチワレ目線。
エンディングでちいかわ目線。
歌として、対比されてる気がして。
もしもそうだとしたら…という前提で考察してみようと思います。
みなさんは「くつずれ」を経験したことがありますか?
くつをはくと、足を地面などのダメージから守ってくれます。
しかし、その「足を守るためのくつ」によって、自分の足が傷つけられてしまうことがあります。
くつをはかなければ起きなかったくつずれ。
だけどそれは同時に、足を守りながら遠くに出かけるための行為でもあった。
なんとなくこれは。
強さを求めたハチワレがその目標によって怪異になってしまった。
そんな未来を象徴しているような気がしてしまいました。
報酬を稼いで友達との生活や自分のほしいものを稼ぐために。
強いあの人に追いつくために、強くなる、討伐を頑張る。
力に対して憧れのあるハチワレが強くなるために生きて、バケモノになってしまう。
くつをはいて足を守るつもりが、くつずれができてしまう。
そういう比喩の歌なのかなって。
この歌の世界ではもう、ハチワレはでかつよ化していて。
残した写真を見ながら「あの日々」を思い出しているのではないかなって。
大したことないからさ
そりゃなんともないけどね
空見上げて目ショボる
なんかいつもの日じゃないや
この歌詞に合わせて、でかつよ化したハチワレが楽しかったあの日々の「写真」を見つめているシーン。
「あのこ」のようにちいかわ族だった日々を思い出している。
「こうなっちゃった」けれど、そりゃなんともないと思いたいけれど。
写真を見てあの日々を思い出して、空を意味あげて目がショボる。
もう、みんなで過ごした「いつもの姿」ではなくなっちゃった自分。
なんかいつもの日ではない「でかつよ」としての今の日常。
そしていちばん気になったのが。
昨日晴れだったっけ 雨じゃなかったような
写真撮って見返すと
なんかすごく 良さそなもの食べてるね
この疑問と答えが合っていない部分。
昨日の天気を気にしているのに、答えが食べ物になっている。
ここは天気のことを考えながら思い出の写真を見て、写真に食べ物が写っているから食べ物の話になっちゃった。
いつものハチワレのような感じがします。
けど、2番で。
昨日何食べたっけ 夢じゃなかったような
写真撮って見返すと
なんか わりと 晴れの日が多い気がする
ここでは何を食べたか思い出そうとしているのに、答えは天気になっています。
天気のことを考えているのに、答えは食べ物。
食べ物のことを考えているのに、答えは天気。
これってさぁ、入れ替わりってコト!?
ハチワレは怪異化したのか。
それともモモンガとでかつよみたいに入れ替わったのか。
そういう未来を示唆してるってコト!?
そういえば、くつずれで
たとえば鳥 あるいは ねこ
その中で 見てるって
思うのも自由
何があったか べつに
聞かないけどね
って歌詞があった。
ハチワレは中身が入れ替わって、鳥かねこかはわからないけど、その中で見てくれているんだ。
どこかにいるんだよね?
そう思うのも自由だよね?
君はどこかにいるよね、きっと。
って言ってるの?
そして。
昨日何食べたっけ 夢じゃなかったような
ってのは。
もしかして、なんだけど。
討伐にきた「ちいかわ族」を食べちゃったような。
そんな描写なのかなって思った。
かつての自分の姿だったちいかわ族を食べちゃったような。
そんな気がする、気のせいかな。
夢じゃなかったような、おいしかったような。
そんな。
心まででかつよになっていく途中。
その過程を描いているの?
なんかいつもの日じゃない。
なんかいつもの姿じゃない。
それは大したことではない。
自分が追い求めた強いものの姿になっただけ。
けれどなんともないことない。
だから自分は強さを求めて生きていく。
くつずれが痛くとも、前を向いて。
だけどやっぱりあの日々がなつかしくて。
君がいないからさ、となりで笑い合っていた日々はもうないからさ。
心の傷が痛いからさ。
なんかやっぱり、泣いちゃう。
ちょっとだけ目がショボる。
そんな感じで、写真を見つめてあの日々を思い出して。
ちょっとだけ泣いてしまっているハチワレの歌なのではないか。
エンディング曲の『机さする』が「残されたちいかわ目線」であり、オープニング曲の『くつずれ』が「こうなっちゃったハチワレ目線」という対比構造なのかな。
などと思ってしまうのです。
『机さする』の考察はこちら。



