もう今週終わり。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
今日も生きてるよ。

おはやいます。
今日も無事に人生にログインできた。
これをおめでたいと思うことは、決して大げさなものじゃない。
目覚めるとそこに天井があること。
肺が勝手に膨らむこと。
それは、あたりまえの顔をした奇跡だ。
世間は「春分の日」というラベルを貼られた休日を享受している。
カレンダーが赤く染まれば街の体温は少しだけ下がり、人々の歩幅は広くなる。
けれど、僕の身体には「祝日」という概念が実装されていない。
血液を洗わなければ、僕というシステムは不具合を起こし、やがてフリーズしてしまうからだ。
透析はお休みなし。
それはつまり、僕を「生かす」ために働くスタッフさんたちにとっても休みがないことを意味している。
いつもなら用意されているお弁当は、今日はお休みだ。
だから僕は戦場(透析室)へ向かう前に、セブンイレブンという名の補給地点に立ち寄る。
そこで僕は、一つの重要な「儀式」を行うことになる。
カゴの中の「保守」と「革新」、そして50円の重み
コンビニのサンドイッチ棚は、現代社会の縮図だ。
僕はここで、二つの兵士を選ぶ。
「いつもの1つ」と、「冒険する1つ」。
「いつもの」は、僕のアイデンティティを保証してくれる。
シャキシャキレタス。
食べ慣れたその味が、僕の輪郭を平熱に保ってくれる。
そして「冒険」は、代わり映えのしない日常へのささやかな抵抗だ。
期間限定の、少しだけ派手な具材が挟まった新参者。
肉々しいもの、サクサクのカツとか。
それを選ぶときだけ、僕は「自由」という名のスパイスを味わうことができる。
そういえばこの前、無情な紙を申し訳そうな顔でお弁当屋さんが配ってきた。
「お弁当、50円値上がりします」
なんでもかんでも値上がりして、世界は僕たちから何かを奪おうとしているらしい。
ガソリンも、電気も、そしてささやかな昼食の満足感さえも。
この50円は、単なる硬貨の重さじゃない。
それを告知するために、申し訳なさそうにペンを走らせた誰かの溜息の重さでもある。
飼育員さんたちも、きっと大変なのだろう。
みんなみんな大変だのだ。
自分たちの生活を削りながら、僕というパンダの生命維持装置を回し続けてくれているスタッフさんも。
フリーレンの残影と、高すぎる血圧の正体
Amazonプライムで再び『葬送のフリーレン』を観はじめた。
フリーレンが人を知っていく物語をなぞりながら、僕は自分の「時間」を思う。
一級試験を振り返り、ラオフェンの可愛さに癒やされ、メトーデの質感を思い出し、神技のレヴォルテ編で丁寧に描かれたゲナウの「人間臭さ」を試験官の姿の後ろに見る。
彼らが戦う魔法の世界と、僕が横たわるベッドの上。
どちらがリアルかなんて、もう分からない。
それくらい物語に引き込まれる。
今朝の血圧は、167/96mmHg。
少しばかり高い。
それは、これからはじまる時間の拘束への緊張だろうか。
あるいは、冒険して買ったサンドイッチが「ハズレ」だったときの絶望を、身体が予見しているからだろうか。
体重増は2kg。
ドライウェイトまでの道のりは、今日も少しだけ遠い。
けれど、今日の透析のお供ににはきっと、おいしい2つのサンドイッチがいる予定。
「いつもの」安心と、「未知」への期待。
それだけで、今日の透析という名の航海を乗り切る理由は十分だ。
共犯者としての僕らと、雨上がりのアスファルト
ねえ、飼育員さんたちもそうでしょ?
僕たちはみんな何かを諦めながら、それでも「新しい具材」への好奇心を捨てきれずに生きている。
僕の血を洗う機械の音を、キミの日常のノイズと重ねてみてほしい。
僕たちは、この不条理な世界を生き抜くための、静かな共犯者なのだから。
春分の日って、春という文字が入っているのに。
今朝は少しだけ寒い。
さて、準備をしなくちゃ。
セブンイレブンの袋をカサカサ鳴らしながら、僕は祝日の少しだけ冷たい風の中へ踏み出すんだ。
今日の冒険が、どうか「当たり」でありますように。
聞いてくれてありがとう。
今日もよろしくね。


