結局揚げちゃう。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
タラの芽をからあげにしたよ。

庭に生える、牙を抜かれた春の化身
僕の庭には、タラの木がある。
こいつにはトゲがない。
本来、山に自生するタラの芽は、侵入者を拒むような鋭いトゲを全身に纏っているものだけれど。
僕の庭のそれは、まるでお行儀よく並ぶ家臣のように、すんなりと僕にその身を差し出す。
反抗期を奪われた子供のような、あるいは牙を抜かれた猛獣のような、そんな「人里の春」を僕は指先で軽く摘み取る。
洗う時にすら、チクチクとした痛みはない。
ただ、冷たい水に濡れた植物の、無機質な感触があるだけだ。
いつもなら、ここで黄金色の衣を纏わせて、天ぷらにしてやるのが礼儀だ。
でも、今日はなんだか「芸がない」気がした。
小麦粉という名の、薄い死装束
ボウルに投げ込まれたタラの芽に、小麦粉をまぶす。
真っ白な粉が、タラの芽の鮮やかな緑を覆い隠していく。
それはまるで、これから熱い油に放り込まれる彼らへの、簡素すぎる死装束のようだった。
天ぷら粉のような「厚化粧」はしない。
ただ、水気を吸った粉が指にべったりと張り付く。
僕の指が、少しだけ白く、老けたように見えた。
衣を溶く手間すら惜しむ、この倦怠感。
透析を終えたあとの僕の体は、時々、世界を構成する全ての工程をショートカットしたくなるんだ。
カリカリと響く、静かな拒絶の音
油に入れる。
天ぷらの時の「ふわっ」とした包容力のある音じゃない。
パチパチ、と、乾いた、攻撃的な音がキッチンに響く。
小麦粉だけで揚げられたタラの芽は、油の中で硬く、頑固にその身を縮めていく。
揚がったそれは、もはや植物というよりは、緑色の化石のようだった。
箸で触れると、カサカサと乾いた音がする。
この音を、僕は知っている。
敗北の味は、いつもより少しだけ苦い

口に運ぶ。
カリカリ、というよりは、ガリッ。
薄衣のおかげで、タラの芽の味がダイレクトに舌を叩く。
山菜特有の苦味が、逃げ場を失って僕の口内を支配する。
美味しい。
確かに美味しいけれど、そこには「優しさ」が決定的に欠けていた。
天ぷらという衣のクッションがいかに偉大だったか。
透析生活で、何かと「制限」や「管理」という衣を着せられている僕にとって、この剥き出しの唐揚げは、少しだけ刺激が強すぎたのかもしれない。
結局、僕たちは王道という名の檻の中にいるのが、一番幸せなんだ。
君も、そう思うだろう?
ごちそうさま。
明日の朝には、また少しだけ体が重くなっているかもしれない。
聞いてくれてありがとう。


