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呼子のイカ「河太郎」で味わう、透析患者の静かなる暴食と物質的均衡

なう
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やっぱりイカは活造りが最高です。
(パンダ談)

あのね、聞いて。
おでけけと外食の話なんだけど。

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液晶の光と、透き通る筋肉の選別

不意に放たれた「いかだけに、行かない?」という、ろ過の甘い不純物のようなダジャレ。
それに乗せられて、僕の赤いパーカーは車の運転席に沈み込んだ。
山を越える。
景色が「かさかさ」と後方に流れていく。
目的地は呼子、河太郎。

平日15時。
そこは、システムの空白地帯だ。
お昼時の喧騒というエラーが解消され、静寂だけが店内に「ぺとり」と張り付いている。
席に着くと、目の前には無機質なタブレットがあった。
僕が空腹という「内部エラー」を抱えているのに対し、彼は極めてサクサクと冷淡なほど効率的に手続きを進めてくれる。
画面をタッチする。
指先の温度を奪いながら、アオリイカという名の「王」への謁見許可が下りた。

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物質の純度と、赤だしの塩分濃度

運ばれてきたのは、もはや工芸品だった。
お花のように盛り付けられた、アオリイカ。
ついさっきまで海の一部を構成していた筋肉が、今は僕の目の前で「正常に動作する内臓」を嘲笑うかのように透き通っている。

定食のトレイが並ぶ。
もずく、お漬物、いかしゅうまい、そして赤だし。
僕の生活において、塩分とは「数値」であり「管理」の対象だ。
だがこの赤だしの温かさは、僕の冷えた機械的な日常を「じわり」と侵食する。
お冷やとお茶の境界線を認識し、お勉強した通りに醤油と塩を使い分ける。
1つ、また1つとアオリイカを摂取するたびに、僕の身体というろ過装置に上質なタンパク質の負荷がかかっていく。
それが、たまらなく心地よい。

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後造りの天ぷらと、循環し得ない黄金の液体

最後は天ぷらだ。
さっきまで透き通っていた身が熱を加えられて白く濁り、衣を纏って重厚な物質へと変貌を遂げる。
本来ならここで「麦の抽出液(生ビール)」という燃料を投入し、体内システムを循環させるのが定石だろう。
しかし、今日の僕は「運転手」という役割を与えられた。

「飲んでいいよ」という飼育員さんの言葉は、優しくも残酷だ。
交代というシステム復旧の手間を天秤にかけ、僕は黄金の液体を諦める。
ガマン。

それは、透析患者が日常的に強いられる「均衡」の練習のようなものだ。
最後に甘夏ゼリーを喉に流し込む。
冷たくて、ほんのり苦い。
それは、僕の人生の味に少しだけ似ていた。

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数値への回帰と、静かなるシャットダウン

ごちそうさまでした、と呟く。
摂取したイカのタンパク質、赤だしの塩分、ゼリーの水分。
それらは全て、後日の透析室で「除水量」や「検査値」というデジタルな記号に置換される。
僕が食べたのは思い出ではなく、調整すべき「物質」となるのだ。

窓の外には、呼子大橋が静かに佇んでいた。
橋は何も語らない。
ただ向こう側とこちら側を繋ぐという機能を、正確に遂行しているだけだ。
僕もまた赤いパーカーを揺らしながら、自分の機能を維持するために家路につく。

さて、そろそろ眠気が限界だ。
炭酸水を飲んで、システムの稼働を停止しよう。

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