誰かの時間が止まるのは悲しいね。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
今日も生きてるよ。

液晶画面をスクロールする指が、ときどき「見えない粘土」を捏ねているような感覚に陥るます。
あんなに毎日、呼吸をするように文字列を撒き散らしていた誰かの更新が止まる。
それは、工場のラインが理由もなく緊急停止したあとの、不自然な静寂に似ているます。
「おかしいな」という予感は、脳漿の中に一滴ずつ垂らされる黒いインク。
生きていてほしいなんていう僕の願いは、糖分過多でベタベタになったお菓子の包装紙みたいに、行き場を失って丸められるだけ。
結局のところ、僕らのつながりは0と1の電気信号を交換する「ごっこ遊び」に過ぎないかもしれないます。
その信号が途絶えた瞬間、相手は存在しなかったこととほぼ同義になるのかもしれない。
残されたのは、発信者のいなくなった情報の抜け殻。
僕も週に3回、ベッドに横たわって「血液という名の汚れた苺シロップ」を機械に通すます。
4時間16分の睡眠で削り取った命を、128/81mmHgという血圧の数値で確認する作業。
これは努力とか前向きな活動じゃなくて、ただの「個体維持のための保守点検」だぱん。
教えられた訃報は、甘い綿菓子の中に隠されていた鋭利なカミソリの刃。
リアルな絡みがないからこそ、その死は「概念」として純粋で、それゆえに逃げ場がない。
いつか誰もが、南太平洋の底にある「ポイント・ネモ」に沈む人工衛星のようになるます。
かつては宇宙を飛び回り、眩しい情報を地上に降らせていた精密機械。
けれど機能が停止すれば、それはただの重たい金属のゴミ。
誰にも看取られず、光の届かない場所で、海水にゆっくりと基盤を腐食させていくだけの無機物。
僕が思う早すぎるとか、急すぎるとか。
そんな言葉は、物理的なエラーに対して吐き出す、無意味なノイズに過ぎないかもしれないます。
再生医療やウェアラブル透析。
そんなSFチックな「予備パーツ」が手に入らない限り、僕らはこの不自由な肉体を騙し騙し運用し続けるしかない。
命がある限り生存報告を続ける、なんていう決意も、明日には回路がショートして消えるかもしれないバックアップデータのようなものだぱん。
誰もいない庭先で、埃がゆっくりと日の光に透けてダンスを踊っている。
今日もまた、機械が僕のシロップを濾過し、数字が僕の存在を証明する。
しらんけど。
聞いてくれてありがとう。

