どーも、こんちくわ☆
しっくんです。
毎回、病院の先生から「言うことなし!」と太鼓判を押される最近の僕の血糖値。
多少の乱高下はありつつも、今やコントロールはバッチリ範囲内。
食べ物もそこまで神経質に気にしていないし、お薬だってほとんど飲んでいない状態なのです。
ふと、思うのです。
こんな状態で、にほんブログ村の「2型糖尿病ジャンル」に居座り続けていていいのだろうか、と。
そもそも、僕がブログという大海原に病気の不安を書き殴りはじめたきっかけこそが、「糖尿病」でした。
当時の僕の心の中は、それはもうドロドロとした不条理の嵐が吹き荒れていたわけです。
「なんで僕が?」
世間を見渡せば、僕よりももっと不摂生で暴飲暴食の限りを尽くしている人だっているじゃん。
僕よりもっとふくよかで、わがままボディを謳歌している人だっているじゃん。
なんでその人たちはピンピン健康で、僕だけが合併症でこんなことになって、失明の不安や透析の不安と戦っていなきゃならないのさ。
ほうっ、とため息をつく気力すら失せて、夜中にパソコンの画面をぼんやり見つめる日々。
そこにあったのは、病気をカミングアウトすることへの底知れない恐怖でした。
「こういう病気になるには、ちょっと若すぎるよね」
そんな悪気のない一言に傷つき、自分がなんだかものすごく情けなくて、恥ずかしくて。
笑われそうで人には絶対に話せなかった。
理解してもらえない気持ちをギュッと抱えて、一人で膝を抱えていたのです。
だけど、勇気を出してブログの「送信」ボタンをポチッと押してみた。
すると、画面の向こうから「コメント」や「アドバイス」が届いたのです。
年齢も住んでいる場所も全然違うけれど、同じ空の下で同じ痛みを抱えて生きている仲間たちが、そこには確かにいました。
「ああ、僕だけじゃないんだ」
そう思った瞬間の、張り詰めていた心の糸がふっと緩むような安堵感は、今でも忘れられません。
もちろん、ネットの海は優しいばかりじゃありません。
「自業自得だ」「自堕落な生活習慣のせいだ」
なんていう、トホホを通り越して胸がキリキリ痛むような心ない言葉を目にすることもありました。
それでも、あの場所で出会えた人たちとの思い出は、僕の大きな財産なのです。
あれから月日は流れ、最近の僕のブログといえば、もっぱら「透析のある生活」のことが中心になっています。
原点だった糖尿病の影は、すっかり薄くなってしまいました。
人がどうこうというよりも、自分の体に沿った取り組みが必要なんだよ。
今の落ち着いた僕なら、当時の僕の肩をポンと叩いて、そう優しく諭してあげられる気がします。
もう少し早く気づければよかったよね、って。
だからこそ、思うのです。
今の僕はもう、あの頃の「糖尿病の不安の渦中」にはいない。
だったら、そろそろ2型糖尿病ジャンルを外して、新しい場所に引っ越しするタイミングなのかもしれないな、と。
過去の傷跡も、出会った人たちの温もりも、全部この胸に抱きしめたまま。
自分の体に耳を傾けながら、僕は今日も僕の生活を、のんびり、どっしりと歩いていく時かもしれないのです。
今年は梅酒、このサイズにしようかな…。
けど、去年の梅酒をまずなんとかしないと。
梅の実も引き上げてないや。


