増えやすい。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
今日も生きてるよ。

砂漠を歩いている自覚はないけれど
最近、僕の体はどうやら「乾いている」らしい。
自分ではこれっぽっちも自覚がないのだけれど、コップの中の透明な液体が恐ろしいほどに瑞々しく、喉の奥へと吸い込まれていく。
お水、おいしいな。
ただそれだけの純粋な感想が、透析患者としての僕にとっては静かなホラーのはじまりだったりする。
ふと気づけば、体重計の針はドライウェイトから+1,400gを指して止まっている。
平日は1日おきに機械が僕をリセットしてくれるけれど、週末はそうはいかない。
「2日空き」という魔の空白期間が、すぐそこまで迫っている。
月曜日の朝、パンパンに膨らんだ自分を連れてクリニックへ行くときの、あの言い知れぬ不安。
それは、誰かに怒られるからじゃない。
看護師さんも技師さんも、増えすぎた僕を見て「あらら」と笑うだけだ。
誰も僕を責めない。
けれど誰も責めてくれないからこそ、逃げ場のないプレッシャーがじわじわと赤いパーカーの裾から忍び寄ってくる。
間に合わないキャンセルと、食べられない昼食
一番怖いのは、死ぬことでも苦しむことでもなく、「お弁当」だ。
増えすぎた体重は、そのまま「除水時間」と「体の負担」に直結する。
もし月曜日の増えがリミットを超えてしまったら。
僕の昼食タイムは没収される。
目の前に並ぶはずだった色とりどりの、けれど少し冷めたお弁当。
それをひとくちも食べることができず、ただ機械に繋がれたまま時間が過ぎるのを待つしかない。
さらに残酷なのは、そのお弁当のキャンセルはとうの昔に締め切られているということだ。
食べられないのに、お金だけは払わなきゃいけない。
胃袋は空っぽなのに、財布だけが軽くなる。
その「無駄に支払われるお金」の質感が、どんな社会学的語彙よりもリアルに僕の心を削っていく。
頑張ることで、不安を押し流す
今日の予定はお仕事だ。
普段より少し遅くなりそうな気配が、キーボードを叩く指に重くのしかかる。
時々、胸の奥をキュッと掴まれるような、言い知れぬ不安に襲われることがある。
「このまま、稼げないままだったらどうしよう」
「生きていけなくてさらに周囲に迷惑をかけることにならないか」
その不安を振り払う方法は、今の僕にはひとつしかない。
目の前の仕事で結果を出すこと。
数字を積み上げ、自分を納得させるだけの成果を出し、余計なことを考える暇をなくすこと。
そうして「頑張った自分」という免罪符を手に入れて、ようやく僕は、週末の淵に立つことができる。
読者の君。
僕がもし、月曜日に「今日のお弁当は高かったな(ひとくちも食べてないけど)」と呟いていたら、どうか黙って背中を撫でてほしい。
それは、僕が無自覚な渇きに敗北した、静かな戦死の報告なんだ。
睡眠時間、7時間07分。
血圧は少し高め。
僕は今日も、お水の美味しさを疑いながら、静かにパソコンを開く。
聞いてくれてありがとう。


