お台所から、ふわりと甘酸っぱい風が吹いてくる。
今年もこの季節がやってきたんだね。
僕には、大切な人から教えてもらった、とっておきの魔法がある。
その名も「一晩でできる梅シロップ」。
昔ながらのやり方でじっくり何週間も待つのも素敵だけれど、気が短くてお茶目な僕には、このスピード感がたまらなく愛おしい。
炊飯器に丸まると太った梅を1kg、そしてお砂糖を1kg。
あとは「保温」のボタンをぽちっと押して、じっと12時間ほど待つだけ。
教えてもらったあの日から、僕の梅シロップ作りは、お散歩に行くくらい身近で簡単なものになったんだ。
けれどね、世界はそう簡単に僕の思い通りにはなってくれない。
僕のお家のお台所環境のせいなのか、どうしてもお砂糖が底の方で「溶け残りまーす!」って主張してくるの。
そこで僕はジタバタとあがいてみた。
お砂糖の量をちょっとずつ減らして、試行錯誤を繰り返す日々。
そうして辿り着いた僕だけの聖域、それが「梅1kgに対してお砂糖750g」という奇跡の黄金比だったんだ。
そして今年、我が家のお台所に新たな相棒が就任した。
炊飯器は炊飯に支障が出るので、代わりに使ったのは「電気圧力鍋」。
とにかく保温ができればいいんだから、君だって魔法使いになれるはず。
梅とお砂糖をそっと潜ませて、保温モードで12時間。
…うん、ちょっとばかし時間を過ぎちゃったのはご愛嬌。

ドキドキしながら新相棒のふたを開けると、お部屋いっぱいにふわぁっと、甘酸っぱくて瑞々しい梅の香りが広がった。
スプーンで少しだけすくって、ペロリと舐めてみる。
「うひゃあ、すっぱい!」
一瞬、お顔がキュッと縮こまるような酸味に驚いたけれど、これを冷たいお水でトクトクと割ってみたら、もう大変。
さっきの強烈な酸っぱさはどこへやら、すっきりとした気品ある甘みが喉を駆け抜けていく。というか、おいしすぎた。

僕は涼しげな水割りで。
お母さんは、カランと氷を鳴らしてロックで。
材料は梅とお砂糖、ただそれだけ。
余計なものは何ひとつ入っていない、安心安全のぼくらの特効薬。
これをひと口、ゴクリと飲み干すたびに、なんだか体の奥底から、不思議と元気がじわじわって湧いてくる気がするの。
思い通りにいかないお砂糖の量に悩み、道具が変わればまたハラハラして。
それでも、ジタバタと手を動かした先には、こんなにも愛おしくて美味しい時間が待っている。
生きているとね、目の前の現実がなかなか溶けてくれなくて、底の方でジャリジャリと残ることばかりかもしれない。
けれど、そこで諦めずに自分なりの「ちょうどいいバランス」を探してもがくこと自体が、最高に泥臭くて、最高に美しいんだ。
完璧じゃなくていい。
不器用だっていい。
君が一生懸命に今日を乗り切ろうとするその姿を、僕はいつだって全肯定するよ。
さあ、特製の梅シロップと、お気に入りの梅酒を相棒にして。
僕らの愛おしい日々を、笑顔で泥臭く、全力で乗り切っていこうね。


