神様、試練を与える相手を間違えていませんか?
(パンダ談)
「優しい魔法使いは、長生きできない」
静まり返った朝の自室。
iPhoneから流れるその一言が、僕の胸を深くえぐった。
アニメ『葬送のフリーレン』第36話。
画面の中では、言葉を人を欺く道具として使う卑怯な魔族と、ボロボロになりながらも立ち続ける戦士が、命を懸けてぶつかり合っていた。
一級魔法使いゲナウに向けられた、ゼーリエの言葉。
師匠アイゼンがシュタルクに授けた、泥臭い勝利の哲学。
それらは、生き続ける限り待っている「週に三回の透析」という僕の現実と、鏡合わせのように共鳴しはじめる。
これは格上の絶望を前にしてなお「しぶとく立つ」ことを選んだ彼らと僕の、希望を巡る独白だ。
優しすぎる魔法使いは、長生きできない
「優しい魔法使いは長生きできん、お前はそのままでいろ」
ゼーリエの冷たくも慈悲深い宣告。
それは暗喩的な「お前は死ぬな」という願いにも聞こえた。
魔族を討伐する一級魔法使いたちの戦いは、過酷そのものだ。
魔族の冷たさは、僕たちの住む世界の「強者」に似ている。
彼らは本当にやり方が卑怯だ。
言葉を欺くために使い、人の習性を利用して殺す。
魔族には良心などない。
ただ人と同じ言葉を吐くだけのバケモノに過ぎないのに、その人間っぽい姿と声に欺かれ、人は絆(ほだ)され、裏切られ、そして殺されていく。
人間の僕の話をする。
僕を週に3回、笑顔で見送る家族は、たぶん多くの言葉を飲み込んでいる。
黙って農薬を使わずに野菜を作り続ける父の日々。
料理を作り続ける、血管の浮いた母の手。
本当は言いたいことも、ぶつけたい不満も山ほどあるはずだ。
けれど、両親は「言葉」を騙すための武器にはしない。
ただ静かに、僕を生かすための時間を差し出してくれる。
その「言葉を使わない」優しさが、心のない魔族には決して理解できないだろう。
しかし、その優しさが時に、自分自身を突き刺す刃を作り出してしまうこともある。
自立できない自分への苛立ち。
喉の奥で鉄の味を感じさせる焦りと情けなさ。
自立という名の「立派な姿」を夢見て、僕はまた白く無機質なベッドに横たわる。
戦いは、最後まで立っていたやつが勝つ
「戦いは最後まで立っていたやつが勝つ」
師匠アイゼンの言葉を胸に、シュタルクはボロボロになりながら前線に立ち続ける。
その泥臭いかっこよさに、僕は自分の人生を重ねる。
僕も自分自身の足で立ちたい。
最後まで立っていたいんだ。
『立派な最期』というサブタイトルが何度も脳裏をかすめる。
「誰かが死ぬのではないか」という不吉な予感。
構成上、ゲナウには死のフラグが立ちまくっている。
だが、暗闇の中の一筋の光を信じたくなっている自分がいる。
夜の砂浜で日の出を待つように。
敵は4本の魔法の剣を操る神技のレヴォルテ。
4刀流に押されるゲナウとシュタルク。
これはゲナウの戦死を教訓とする物語なのか。
僕は祈るように画面を見つめている。
ここ数話で丁寧に描かれたゲナウの物語こそが、別れのための導火線ではないかという恐怖。
すべてが『感動的な死』への伏線に見えて仕方ない。
透析を受けている自分をふと思い出す。
左腕に刺さった太い針から、絶え間なく血液が抜き取られ、洗われていく。
この時間がなくても生きられるならば、チューブを引きちぎってでも社会のために動きたい。
僕の命をつなぐために使われる、多額のお金と労力。
それに見合う価値を生み出せていないという現実。
「生かされている」という屈辱的な幸福を、僕はどう呼べばいい。
どう生きればいい。
霧を晴らす力と、一撃の速度
別の戦場ではフェルンも極限の状態にいた。
明らかに格上の魔族を前に「フェルンなら勝てる」と言い残し、高みの見物を決め込むフリーレン。
だが、視聴者はすでに知っている。真に底が知れないのは、フリーレンという魔法使いだということを。
神話の時代から不落とされたゼーリエの結界を解析・粉砕し、最強の複製体をも一瞬の隙で葬り去った「真の怪物」。
その圧倒的な格の違い、静かなる蹂躙。
あの光景は、今もなお僕たちの記憶に強烈に焼き付いて離れない。
だが、怪物じみた強さは彼女だけではなかった。
同じ戦場に立つメトーデ。
普段は慈愛に満ちた「綺麗なお姉さん」だが、その微笑みの裏には、北部高原で研鑽を積んできた実戦魔法使いとしての凄みが隠されていた。
「少し暴れますか」
その一言を境に、彼女の空気は豹変する。
だが、その後に僕が目撃したのは、戦慄の魔法だけではなかった。
ロングスカートだと思い込み、密かに「鉄壁のガードの先」に淡い期待を寄せていた僕の煩悩が、無慈悲にも打ち砕かれたのだ。
まさかの、ズボン。
翻る裾から覗くのは、パンチラなどという甘い幻想を許さない、実戦特化の無骨な装い。
過酷な地を生き抜く者に、そんな隙などあるはずもなかった。
賢者タイムのような冷静さを取り戻した僕の視界で、メトーデは魔法使いの常識を捨てて「斧」を振るう。
それは獲物を仕留めるためだけに最適化された、冷徹な戦士のような魔法使いの姿だ。
音楽が高揚感を煽る。
彼女たちの眩しさが増すほどに、僕の「何もできなさ」が浮き彫りになっていく。
人間のしぶとさを、魔族は知らない
それでも信じたいものがある。
斧を投げ飛ばしたシュタルクは、もはや肉弾だ。
泥臭くていい。
「あと3本!」
絶望的な状況からレヴォルテを追い詰めていく。
メトーデが霧の解析を終え、反撃の狼煙(のろし)を上げる。
魔族は甘い。
己の実力に溺れ、自分に酔っている。
だが僕たちは知っている。
霧が晴れた一瞬、それだけで十分だ。
その目の前にいる少女は、あのフリーレンよりも速く魔法を撃てるのだから。
フェルンの放った一撃が、舐め腐っていた魔族を貫く。
それは、いつか前にも見た風景だ。
断頭台のアウラ編で、フリーレンを殺しに来たあの魔族(リュグナー)もそうだった。
自分たちを「捕食者」だと信じて疑わず、人間を見下していた者たちが、信じられないような顔をして黒い霧となって消えていく。
その敗北の顔を見るのが、僕は好きだ。
「ざまあみろ」と思う。
「二度とこんなきつい戦いはしたくないです」
そんなフェルンの言葉が最高だ。
前と同じく、死線を越えた実感がこもっている。
そしてレヴォルテの剣は残り2本。
こちらも完全に流れが変わっていた。
正直、僕は透析がなければ7年前に死んでいた。
同級生の中で最初の死者になり、両親は独り息子を失っていただろう。
だが僕は生きている。
今日も生かされている。
血を吐きながらゲナウが言った。
「お前は人間のしぶとさを知らない」。
人間のしぶとさとは、まさに希望だと僕は思った。
パンドラの箱に残った最後の灯火だ。
二本の腕(かいな)に貫かれたシュタルクとゲナウを見ても、僕の心はもう折れない。
夜明けの光が見えた。
それぞれの死闘が終わって、ふと思う。
フリーレンは、今回は本当に何もしなかった。
だが、それは「見捨てた」のとは正反対の意味ではないか。
たぶん彼女は、あの高い位置から両方の戦況を完璧に見つめていたのだ。
もし誰かが本当に殺されるような瞬間があれば、彼女は即座に強大な魔法を放って介入しただろう。
何もしないことが、最大の信頼であり、最強のバックアップであるという事実。
その圧倒的な余裕こそが、彼女が「真の怪物」であることを物語っている。
メトーデの同行を拒むフェルンの嫉妬に、少しだけ心が和む。
旅は出逢いと別れの連続だ。ここで別れ、縁があればまた出逢う。
ザインとも、縁があればきっとまたいつか。
死んでほしくない人は、誰も死ななかった。
だから「またね」の約束ができた。
彼らの戦いも旅も続いていく。
僕の戦いも、まだ終わらない。
稼ぐことも、結婚することも、まだなにもできていないけれど。
それでも僕はしぶとく立ち、自分の足で稼いで社会に恩返しをしたい。
まだ明確な希望は見えない。けれど、この静かに血液が回る音の中で、書き続けることを僕の「希望」にしたいと思う。
次の透析の朝、また家族は笑顔で「いってらっしゃい」と僕を見送ってくれるだろう。その沈黙の中に確かな愛を感じながら、僕はあきらめずにしぶとく書き続ける。
最後まで立っている人間になりたい。
立ち続けたい。



コメント