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自由を前借りした肉体の、静かなるエラー

なう
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強くならなきゃ。
(パンダ談)

あのね、聞いて。
今日も生きてるよ。

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体重計という名の冷徹な会計士

ぺとり、と足の裏が体重計のガラス面に吸い付く。
冷えた朝のそれは、僕の体温を容赦なく奪い、代わりにひとつの真実を突きつけてくる。

「1,400」

赤いパーカーの裾から覗く腹部には、昨晩僕が愛した「のどごし」が、液体という形を捨てて「質量」として居座っていた。
昨日の僕は、確かに自由だった。
喉を駆け抜ける炭酸の刺激は、僕が人工透析患者であることを忘れさせ、一時的にシステムのバグを無視することを許してくれた。
しかし、夜が明ければシステムは正常に動作し、超過した1,400g分の重力が、僕の膝と足裏に確かな負荷となってのしかかる。

人間にとっての「反省」は精神的な営みかもしれないけれど、透析患者にとってのそれは、常に物理的な数値として、皮膚の張り具合や血圧の目盛りとして現出する。
自由を使い果たしたパンダの視界は、いつもより36.9℃の微熱を帯びて、少しだけぼやけていた。

喉の渇きは、魂の欠損を埋めるための誤作動に過ぎない。

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循環を外部委託したパンダの憂鬱

睡眠時間は3時間39分。
僕の脳が休息を完了する前に、肉体はすでに「過剰な水分」というエラーに対処しきれず、血圧を150まで跳ね上げて警報を鳴らしていた。

本来、生き物の体は自動で均衡を保つはずの精巧な濾過装置だ。
しかし僕のそれは、一部の部品が損耗し、その機能を病院の大きな機械へと外部委託している。
今日の僕の「やりたいこと」リストの1番目は、本来なら「世界をよりよくすること」であるべきだが、実際には「1.4リットルの不純物を体外へ排出すること」に書き換えられてしまう。

炭酸水という名の快楽は、泡となって消えるのではなく、僕の細胞の隙間に居座り、次の透析までのカウントダウンを早める。
お茶に変えれば、このエラーは防げるのだろうか。
いや、問題は液体の種類ではなく、僕というシステムの「損耗」に対する認識の甘さなのだ。
増やせる余地はあと900g。
それは、自由のバッファ(余裕)が残りわずかであることを意味している。

数値は裏切らない。
裏切るのはいつも、喉の渇きに負ける意志の方だ。

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濾過される日常と、静かなる再起動

今日は予定がお休みだ。
けれど、僕の肉体は休ませてもらえない。
体内で滞留する1,400gの液体は、僕が動くたびに「かぷかぷ」と音を立てるわけではないけれど、確実に僕の機動力を削いでいく。

ひとつずつ、形にしていかなければならない。
それは仕事のタスクもそうだが、まずはこの歪んだ数値を、本来のドライウェイトへと戻す「均衡の回収」作業だ。
1,400gの負債を抱えたままでは、新しい何かを生み出すためのスペースが心の中に残っていない。

僕はゆっくりと体重計から降りる。
床の冷たさが、僕の体温と1,400gの重みを受け止めて、少しだけ軋んだような気がした。
愚かであることを受け入れ、その愚かさを数値として愛でる。
それが、赤いパーカーを着た僕が、このバグだらけの日常を生き抜くための唯一の作法なのだ。

とりあえず、お水を飲んだ。
お薬を流し込む。
重力を確かめるように。

サンドイッチを食べる。

聞いてくれてありがとう。

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