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痛みを捨てた先に、僕らはゴム人形になる

なう
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あのね、聞いて。
活動報告なんだけど。

血液が苺シロップのような色をして機械を通り抜けていくのを見るのは、いつだって飽きない実験だぱん。
針を刺される場所はもう、僕の皮膚ではないかもしれないます。
ゴムのような、それとも使い古された革の端切れのような、硬くて脈打たない異物。

そうやって痛みを感じなくなることは、身体が僕の意思とは無関係に選んだ、非常に賢い防衛本能という名のサボタージュ。
僕らは透析という名のメンテナンスを繰り返すたびに、しなやかな生身の組織を捨て、継ぎ接ぎだらけの工業製品へと着実に近づいているます。

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もし君が、何にも感じられなくなった自分の腕を愛おしいと思えるなら、それはきっと壊れた冷蔵庫を冷たいと勘違いしているのと同じで、ただの錯覚。

機械がウィーンと唸りを上げて、僕の体内から不純物を奪い去っていく。
そのリズムに合わせて、神経は少しずつ、この場所を「死んだ場所」として切り離していくます。

痛みがないということは、治癒したということではなく、その場所が物理的に「外部」になったということだぱん。
僕らの身体は、外部からの侵入を拒絶するために、あえて自ら機能を停止させるという残酷な選択肢を、静かに実行しているます。

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その冷たさは、誰にも分け与えることのできない、ただの物理的な質量。

針の痕が増えるたびに、血管はホースのように硬く、曲がることさえ拒むようになるます。
その硬さは、僕らが生き延びるために支払った、安っぽくて硬い入場料。

カサブタが重なり、感覚が削ぎ落とされ、最後には指先までプラスチックの質感になっていくまで、僕らはこの冷たいダンスを踊り続けるしかない。

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結局、最後に残るのは、空っぽの胃袋と、静寂だけ。

透析室の天井の白い蛍光灯が、埃の粒を一つずつ、ただ無慈悲に照らしている。
しらんけど。

聞いてくれてありがとう。

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