しっかりさらして、献上しました。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
お料理の話なんだけど。

春の真っ白な暴君を、薄くスライスする
春が来ると、スーパーの棚には真っ白で丸々とした、無防備な顔をした新玉ねぎが並ぶ。
僕はあの子たちが好きだ。
茶色いコートを脱ぎ捨てて、中身だけで勝負している潔さがいい。
スーパーよりも新鮮な、父の畑直送の新玉ねぎたち。
まずは葉っぱまで炒めてみたけれど、やっぱり僕はあの真珠のような「玉」の部分に執着してしまう。
まな板の上に鎮座した白い塊を、僕は容赦なく薄切りにしていく。
切った直後のあの子は、まだ尖っている。
ひとかじりすれば、舌を刺すような鋭利な辛味が脳まで突き抜ける。

「少しは丸くなれよ」
そう呟いて、僕はスライスされた彼らを皿に広げ、空気にさらした。
キッチンに、すんごい匂いが立ち込める。
それは玉ねぎが外敵から身を守るための最後の抵抗であり、同時に、あの子が「優しさ」へと変貌を遂げるための脱皮の匂いでもあった。
僕はこの匂いを吸い込みながら、あの子が無事に武装解除してくれるのを、じっと待っていた。
この「待機」の時間は、透析のベッドの上で血が入れ替わるのを待つ時間にどこか似ている。
栄養を捨てて、僕は「救い」を選んだ
しばらくして、僕は期待を込めて一切れつまみ食いをした。
…辛い。
全然、優しくなっていない。
空気は彼らを甘やかしすぎたらしい。
僕は決断した。
ボウルに冷たい水を張り、あの子たちを沈める。

世間の健康マニアたちは「栄養が逃げる!」と悲鳴をあげるだろう。
ビタミンやら何やらが水に溶け出し、排水口へと流れていく。
けれど、今の僕に必要なのは数値化できる栄養素じゃない。
透析生活で、日々の「制限」に削られている僕の心には、何よりも「おいしく食べる」という心のサプリメントが必要なのだ。
栄養を捨てて、悦びを取る。
水と一緒に、僕の心のトゲも流れていくような気がした。

しばらくして、水を切った玉ねぎは見違えるほど透き通り、シャキシャキとした「無垢な存在」へと生まれ変わっていた。
さあ、いよいよポン酢の出番だ。
略奪者は、もっとも身近な場所にいる
「これ、おいしい……!」
一切れのシャキシャキを口に運んだ瞬間、春の風が鼻を抜けた。
辛味は消え、瑞々しい甘みだけが残っている。
ポン酢の酸味が、その白さをより一層引き立てる。
完璧だ。
僕は、自分で自分を救うことに成功したのだ。
その時、背後から気配がした。
「あら、それちょうだい」
母である。
彼女は僕の「心の栄養」を、まるでお裾分けの飴玉でももらうような軽やかさで要求してきた。
僕が丁寧にスライスし、匂いに耐え、栄養を犠牲にしてまで作り上げた結晶。
だけど僕は、躊躇なくそれを母に渡した。
僕の苦労は、母の「おいしいね」という一言で、あっけなく救われた。
自分のために作ったはずの幸せが、他人の胃袋に収まっていく。
でも、不思議と嫌な気はしなかった。
また作ればいい。
新玉ねぎの季節は、まだはじまったばかりなのだから。
僕は空になった皿を見つめながら、少しだけ乾いた喉を潤すために水を飲んだ。
明日もまた、僕は自分の血を洗い、玉ねぎを洗う。
聞いてくれてありがとう。



