ガールックシュリンプソースでアヒージョを作ることにハマっている。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
お料理の話なんだけど。

血液回路とオリーブオイルの、似て非なる流動性
余ったガーリックシュリンプソースを眺めている。
本来は海老の甲殻が持つ芳香を引き出すための装置だが、今日はこれを「アヒージョの基材」として再定義することにした。
余剰資源の有効活用は限られたリソースで生命を維持する僕にとって、極めて自然な生存戦略だ。

ソースだけでは濃度が高すぎるため、オリーブオイルを注ぎ足す。
琥珀色の液体が混ざり合い、粘度が変化していく。
それは透析機の中で、僕の濃縮された血液が生理食塩水によって調整されるプロセスに酷似している。
どちらも「循環」のための最適な数値を求めた結果だ。

僕はブラウンマッシュルームの石づきを「かさかさ」と切り落とし、正確に半分、あるいは1/4に分割していく。
火の通りを均一にする。
熱伝導の効率を、個体差という曖昧な概念で邪魔されたくないからだ。
整列したマッシュルームたちは、これから訪れる「高温のオイル」という環境変化をまだ知らない。
トマトの悲鳴を鎮める、爪楊枝という名の安全弁
次に控えるのはミニトマトだ。
彼らはその薄い皮の内に、多量の水分という「爆薬」を秘めている。
加熱による体積膨張。
そのまま放り込めば、鍋の中で内圧が限界を超え、無慈悲な破裂を引き起こすだろう。

僕は爪楊枝を手に取り、トマトの赤い皮膚を穿つ。
「プチッ」と、か細い感触が指先に伝わった。
それはトマトが上げた、最初で最後の悲鳴だったかもしれない。
「爆発するよりは、痛くないだろう」
僕はそう呟き、彼らに「逃げ道」を作ってあげた。
内圧の制御。
それは、増えすぎた水分を4時間かけて機械で引き抜く僕の日常と同じだ。
パンパンに浮腫んだ足が、針を刺されることで「正常」へと引き戻されるあの感覚。
トマトたちも、オイルの中で破裂せずに済むことに感謝しているはずだ。

玉ねぎも投入する。逆らう理由がないからだ。システムに不純物が混じるのではない、これは「拡張」なのだ。

排出できない僕の体と、飲み干されるオイルの行方

鍋の中で、具材たちが「しゅわしゅわ」と音を立てる。
マッシュルームはオイルを吸って収縮し、トマトは穿たれた穴から静かにエキスを漏らしている。
すべては計算通り、予定調和の加熱処理だ。

完成したアヒージョを口に運ぶ。ガーリックの刺激とオイルの熱が、僕の食道を「物質」として通り過ぎていく。美味しい、という感情よりも先に、これが僕の血液中のカリウムやリンの数値をどれだけ押し上げるかという「演算」が脳内を走る。
食べたものは、僕の体の一部になる。
しかし、僕の腎臓はもう「いらないもの」を外に捨てる機能を放棄している。
食べた分だけ、僕は重くなり、次の透析でまた「濾過」されるのを待つ。
このアヒージョのオイルも、数日後には透析室のプラスチックの管の中を、赤黒い液体に混じって流れているのかもしれない。
さあ、飼育員さん。
残ったオイルはパンに浸して、一滴残らず回収してください。
システムに無駄は許されない。
僕は最後の一口を飲み込み、静かに横になることにした。
おやすみなさい。
聞いてくれてありがとう。


