肌寒い朝だ。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
今日も生きてるよ。

泣き虫な春と、僕の喉の反乱
今年の春は、どうにも情緒不安定らしい。
菜の花が笑ったと思えば、すぐに土砂降りの涙を流す。
桜が顔を出しても、機嫌を損ねては雨で散らしてしまう。
空の蛇口が壊れているんじゃないかと思うほど、外は水浸しだ。

そんな空模様を眺めながら、僕は「いちごミルクのタピオカ」を飲んだ。
パッケージは無垢なほど可愛らしく、僕を誘惑する。
ストローを通るコロリとした物体は、僕の空虚な喉を一時的に満たしてくれた。
けれど、心のどこかで分かっている。
タピオカがいなくても、この甘い液体は十分に僕を甘やかし、そして同時に追い詰めていることを。
本末転倒な幸福が、僕の体の中にゆっくりと蓄積されていく。
最近、僕の喉はすっかり「快感」の奴隷だ。
冷蔵庫を開け、ボトルのキャップを「パキッ」と鳴らす。
その音は、自分を縛るルールからの小さな亡命の合図。
ゴキュッ、と喉が鳴るたびに、体の中のダムの水位が上がっていくのが分かる。
「これくらい大丈夫」。
それは、未来の自分を裏切るための、最も甘い毒薬。
飲み干した瞬間は、世界のすべてを許されたような無敵の王様気分になれるけれど。
空になった容器をゴミ箱に捨てる時、カランと乾いた音が響く。
その音は、次回の透析の除水の苦しさを予言する、冷徹な判決のようにも聞こえるんだ。
体重計という名の、冷酷な審判
睡眠時間は5時間28分。
血圧、体温、そして――体重増減。
ドライウェイト比、プラス2,400g。
数字は嘘をつかない。
僕が「これくらい」と笑って飲み干したあの数秒の快楽が、そのまま無慈悲な質量となって僕の背中にのしかかっている。
今日の予定は、今週最後の透析。
病院の白い廊下を歩く足取りは、いつになく重そうだ。
頭の中に浮かぶのは、透析室の体重計の上で固まる、ほんの少し未来の自分の姿だ。
靴下を脱ぎ、静かにマシンに乗る。
デジタル表示が確定するまでのあの数秒間、僕は神様にお祈りをする。
あるいは、自分の愚かさを必死に言い訳する。
「今日のお弁当、食べていいかな?」
その許可が下りるかどうかは、僕の「ガマン」の成績表次第。
スタッフさんの視線が、電子カルテに打ち込まれる数字が、僕のささやかな楽しみを奪うか、それとも許してくれるか。
透析を支えてくれる人たちの、静かな、でも確かな重みのある言葉。
「お弁当、食べられませんね」という言葉に含まれた、呆れと、そして少しの心配。
その「他者の疲れ」を想像するたびに、僕の心は少しだけ、タピオカの粒よりも黒く、重たく沈んでいく。
週末は、この「増え」との戦いだ。
喉が鳴りたがっても、砂漠を歩く旅人のような顔をして、僕は水を遠ざけよう。
ねぇ、君もそうだろう?
ダメだと分かっているものほど、どうしてあんなにキラキラして見えるんだろうね。
僕たちは、自分を壊すための許可証を、いつもどこかで探しているのかもしれない。
さて、そろそろ機械と腕を繋ぐ準備だ。
今日を乗り越えたら、ご褒美に何を…いや、今は考えるのをやめておこう。
血圧138。
僕の心臓は今日も、少しだけ怯えながら規則正しく動いている。
聞いてくれてありがとう。


