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規格外のタラの葉を、僕の胃袋という処理施設へ

なう
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やわらかければいける!
(パンダ談)

あのね、聞いて。
お料理の話なんだけど。

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粘着する春のバグ

庭の片隅で、タラの芽がシステムエラーを起こしたように増殖している。
飼育員さんは知っているだろうか。
通常、市場に出回るタラの芽は、根元から「バッツリ」と切断され、その個体としての連続性を絶たれた状態でパックに詰められている。
言わば、出荷という名の死を強制された標本だ。

しかし、うちのタラの芽は違う。
伸びてきた芽だけを慎重に摘み取る。
残された本体は、損耗を補填しようと次から次へと新しい芽を押し出してくる。
それはまるで、僕が週に3回、透析室のベッドで数時間かけて血液を濾過し、失われた「正常な数値」を無理やり補完し続けるループに似ている。

収穫の際、指先に「ぺとり」と何かが付着した。
少しベトベトする。
これはアクか、あるいは生命力の横溢か、タラの樹液か。
どれにせよ、植物がその生存を誇示するために分泌した粘着性のログ(記録)だ。
僕はこの「ベトベト」を、非常に不穏で、かつ愛おしいバグとして受け入れることにした。

洗面台の蛇口から出る水は、正確な18度。
指先のベトベトを洗い流そうとするが、生命の粘着はなかなかしぶとい。

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外部装甲としての衣、180度の熱処理

うちのタラの芽は、お行儀がいい。
トゲという名の武装を持たず、苦味という名の拒絶も示さない。
だが、その成長速度だけは、設計図を無視している。
気づけば「芽」の領域を通り越し、立派な「葉」へと変貌を遂げている個体がいた。

普通の人間なら「これはもう食えない」と、システムの廃棄リストに加えるだろう。
だが、僕は違う。
指先でその葉の茎を曲げてみる。
「ぱきん」と、心地よい抵抗感とともに折れた。
硬度計で測るまでもなく、この柔軟性は「まだ食料として機能する」という物理的な証明だ。

水分をキッチンペーパーで「かさかさ」と丁寧に拭き取る。
水分が残っていれば、油という名の高温高圧環境下で爆発的なエラーを引き起こすからだ。
天ぷら粉という「外部装甲」を纏わせ、180度の油に放り込む。
ジュワ、という音は、植物の細胞が熱によって再構築される断末魔だ。

揚がり具合を目視で確認する。
緑色の彩度が、一瞬だけピークに達する瞬間。
それが「完成」という名の均衡点だ。

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胃袋という名の濾過装置

皿に並んだのは、芽から葉へ、その成長のグラデーションを並べた「標本」たちだ。
さっそく実食する。
僕の顎が、衣の「サク」という乾燥した音を刻み、その奥にある葉の「ふにゃり」とした柔軟性を感知した。

驚くべきことに、巨大化した葉は依然として「おいしい」という出力結果を叩き出した。
生命力が暴走して巨大化しても、その本質は変わらない。
トゲもなく、苦味もない。
ただそこには「自分がここに生きている」という、圧倒的な情報の厚みだけがあった。

僕の体は、腎臓という濾過装置が機能停止している。
だから、外部の機械を借りて「均衡」を保っている。
一方で庭のタラの木は、根元を残されることで「増殖」というバグを繰り返し、春という季節を何度もハックしている。

どちらも、歪な形での生存戦略だ。
食べ終えた後の僕の血液の中には、タラの芽から抽出されたカリウムや微量元素が静かに混入していく。
次の透析でそれらは「余剰」として排除される運命にあるが、今はただこの一時的な充足を楽しめばいい。

さて、血液の数値がエラーを起こす前に、今夜は早めに寝よう。

聞いてくれてありがとう。

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