今週がはじまる。
(パンダ談)
あのね、聞いて。
今日も無事に目覚めたよ。

200mlの甘い罠と、パンパンの僕
週末、僕は「200ml」という数字と戦っていた。
食事のたびに、計量カップで測ったような正確さでお茶を注ぐ。
それは、透析患者という「水の一滴が命の削りカス」である人種に課せられた、あまりに地味で、あまりに過酷な儀式だ。
「100mlにしておけばよかった」
そんな後悔は、いつだって喉を通り過ぎた後にしかやってこない。
冷たい液体が喉を滑り落ちる瞬間、脳が「美味しい」と鳴く。
その快楽に抗うほど、僕はできたパンダじゃない。
気づけばコップは空で、僕のお腹は物理的に膨らんでいた。
パンパンだ。
腹膜の向こう側で、さっきの液体が「2,700gオーバー」という冷徹な数字に化けていくのを感じる。
この重みは、自由の代償だ。
でも、その自由はひどく重く、そして少しだけ湿っている。
誰もいない戦場で、お弁当を想う
増えすぎた体重を前にして、普通なら「看護師さんに叱られる」とか「技師さんの手を焼かせる」なんて殊勝なことを考えるのかもしれない。
けれど、僕の頭の中にあったのは、驚くほど無機質な「お弁当への執着」だけだった。
「今日の除水設定で、僕は無事にお弁当を食べられるんだろうか」
血圧は157。
心臓はドクドクと、週末の不摂生を律儀に刻んでいる。
スタッフさんの溜息を想像する余裕なんてない。
僕はただ、僕という個体を維持するための燃料が、この「2,700g」という余剰分のせいで奪われないか、それだけが心配だった。
他者の負荷を想うより先に、胃袋の空虚が僕を支配する。
愛嬌のある外見の下で、僕はただの生存機械になり下がっていた。
ドライウェイトの揺らぎと、新しい予感
今週はレントゲンからはじまる。
最近の体重増加が、もし「ドライウェイト」の設定のズレによるものだとしたら。
その不一致が解消されれば、僕はこの「渇きと膨満」のループから、少しだけ解放されるのかもしれない。
時間は待ってくれないし、僕の準備不足を嘲笑うかのように月曜日の朝はやってくる。
けれど、絶望だけじゃない。
今日、明日と、新しい取り組みをはじめようとしている自分がいる。
さらに、少し行ってみたい場所も見つけた。
「2,700g」の重荷を背負ったまま、僕はヨロヨロと、でも確かに、新しい週末へと向かって歩き出す。
今、僕と君は、この「言えない後ろめたさ」を共有する共犯者だ。
透析室のベッドに深く沈み込み、機械が僕の血を洗う音を聞きながら、僕はただ、お弁当の蓋を開ける瞬間を夢想している。
聞いてくれてありがとう。


